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2/07/2015

シャトー・コス・デストゥルネル CHATEAU COS D`ESTOURNEL




格付け:二級(1855年)
所有者:ミシェル・レビエ
住所:Cos d"Estournel,33180 St-Estephe,France
電話:33 05 56 73 15 50
FAX:33 05 56 59 72 59
Web:www.estournel.com
窓口:Jean-Guillaume Prats
見学:プライベートなツアーとテイスティング、予約のみ、月曜~金曜。ツアーはフランス語または英語。



面積:64.8ha
ブドウ品種:カベルネ・ソーヴィニョン(60%)、メルロ(30%)、カベルネ・フラン(2%)
平均樹齢:35年
植樹面積:8.000~10.000本/ha

醸造及び育成

収量をルテ・レゾネ(適度に低く)保つために畑では厳しい剪定が行われている。コス・デストゥルネルはコンクリート製の、レ・パゴテ・ド・コスはスチール製の発酵槽で醸造される。
事前に10~15日間の低温浸浸をし、ヴィンテージとフェノール類の完成度に応じて色や風味を引き出す。ワインはオーク樽で18~22カ月熟成させる。

コスは伝統への健全な敬意を保ちつつも、革新的な手法を嫌悪することもなく、毎年新しい試みを採用している。

年間生産量

コス・デストゥルネル:200.000本
レ・パゴデ・ド・コス:130.000本

近年の偉大なヴィンテージ
2010年、2009年、2007年、2003年、2002年、2001年、2000年、1996年、1995年、1989年、1986年、1985年、1982年


ルイ・カスパール・デストゥルネルは、ルイ15世の時代である1762年に生まれ、1853年のナポレオン3世の時代に、驚くべき91歳という年齢で亡くなった。彼の人生におけるただひとつの情熱は、コスであった。19世紀の初めから半ばにかけて、コス・デストゥルネルのワインはボルドーの誉れ高いシャトーのほとんどのワインよりも高い値がつき、遠くインドにまで輸出された。実際、ルイ・ガスパール・デストゥルネルは「サン=テステフのマハラジャ」として知られていたのである。

1852年、シャトーを拡張し整備するための借金がかさんだため、ルイ・ガスパール・デストゥルネルはシャトーをロンドンの銀行家、マーティンズに売却した。彼はマーティンズによって引き続きそこに住むことを許され、1853年に亡くなった。1855年の格付けによってコス・デストゥルネルがサン=テステフ最高のシャトーとなり、彼の努力が報われる2年前のことであった。

1869年、マーティンズはコス・デストゥルネルをバスク地方の貴族、エラズ家に売却した。エラズ家は1889年にホスタイン兄弟にここを売った。1917年、ボルドーを代表するワイン商人であったフェルナンド・ジネステがコス・デストゥルネルを買い取った。そして彼の孫たち、ジャン=マリー、イヴ、ブリュノ・ブラッツがこのシャトーを継いでいる。

1998年、ブラッツ兄弟はコス・デストゥルネルをメルロー家、タイヤン・グループのオーナー、そしてモヤノ氏を代表とするアルゼンチンの投資家たちに売却した。

コス・デストゥルネルは2000年に再び売却され、今ではソシエテ・デ・ドメーヌ・レビエの所有である。醸造の指揮をとっているのは、フェルナンド・ジネステの偉大な曾孫であり、1970年から1998年までコス・デストゥルネルの経営者でもあったブリュノ・ブラッツの息子のジャン=ギヨーム・ブラッツである。

シャトーはアジアのパゴダのような外観で、ポイヤックとの村境のすぐ北の、著名な隣人ラフィット・ロートシルトを見下ろす丘の背にある。1982年から1996年までのワインは急速に力をつけ、ほとんどのヴィンテージでメドック最上のワインを生産するだろうと期待されてきたのである。ぱっとしない短い期間(1997~1999年)えお経て、シャトーはすぐによみがえった。メドックにしては珍しく、コスはメルロのブレンド比率が高いこと(40%)、新樽の比率が平均よりも高いこと(60~100%)で他と一線を画している。オー=メドックでは最も高い部類に入るメルロのブレンド比率が、コスの最近のヴィンテージに目立つ肉づきの良い、リッチな舌触りの特徴をワインにもたらしている。

-ロバート・M・パーカーjr著 「ロバート・パーカーが選ぶ 最新版 世界の極上ワイン」115P、116Pより抜粋





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1/27/2015

シャトー・ムートン・ロートシルト(シャトー・ムートン・ロスチャイルド)CHATEAU MOUTON ROTHSCHILD



格付け:一級(1973年)

所有者:GFA バロネス・フィリピーヌ・ド・ロートシルト
住所:Chateau Mouton Rothschild,33250 Pauillac France
TEL:33 05 56 59 22 22
FAX:33 05 56 73 20 44
窓口:技術監督 Patrick Leon. 営業統括 Herve Berland
見学:予約者のみ(TEL 33 05 56 73 21 29またはFAX 33 05 56 73 21 28)

畑 面積:83ha
ブドウ品種:カベルネ・ソーヴィニョン(77%)、メルロ(12%)、カベルネ・フラン(9%)、プティ・ヴェルド(2%)
平均樹齢:46年
植樹密度:3.420本/ha
平均収量:40~50hl/ha

醸造及び育成
収穫は、手摘みで行い、小さなバスケットに入れる。醸造室に届くと、収穫したブドウはすべて選別台上に載せられて、除梗の前に蔓や葉などを取り除いて、完全な実だけが選ばれる。その後、ブドウの実は重力を利用して発酵槽に移される。

シャトー・ムートン・ロートシルトの発酵槽はすべて木製であり、このシャトーのそれぞれの区画のブドウが、正当なワイン醸造の技術に基づいて醸造される。アルコール醸造は約1週間行う。

4~5週間の発酵/マセレーションの後で、ワインはオークの新樽に直接移される。マロラクティック発酵の後で、ワインのロットはブレンドされる。その後、ワインは樽で18~22カ月熟成する。ワインは4カ月毎に1回、定期的に伝統的な方法で澱引きを行う。このシャトーの目標は、良好な熟成能力を持つ力強いワインをつくることにある。

年間生産量
シャトー・ムートン・ロートシルト:300.000本
ル・プティ・ムートン・ド・ムートン・ロートシルト:43.000本
エール・ダルジャン(ボルドーの白):13.000本

近年の偉大なヴィンテージ
2010年、2009年、2005年、2003年、2000年、1998年、1996年、1995年、1989年、1986年、1982年


英国のロスチャイルド家の一員であったナサニエル・ド・ロートシルト男爵は1855年にシャトー・ブラーヌ=ムートンを購入して、シャトーの名前をシャトー・ムートン・ロートシルトに変えた。1922年にはナサニエルの曾孫にあたるフィリップ・ド・ロートシルト男爵(1902~1988)がこのシャトーを購入した。

1924年にフィリップ・ド・ロートシルト男爵は、初めてシャトーでの瓶詰め(シャトー元詰め)を導入した。1926年には、名高いグラン。シェ(奥行き100メートルの熟成用セラー)を建設した。このセラーはムートンを訪れる人の主なアトラクションとなっている。1933年彼は、隣接する1855年の格付けシャトーであるシャトー・ムートン・ダルマイヤックを購入して、シャトー・ダルマイヤックと名前を変え、所有地を拡大した。

ムートン・ロートシルトの地位とワインは、故フィリップ・ド・ロートシルト男爵が独自につくりあげたものである。21歳でこのシャトーを受け継いだ時に、彼がムートンに対し並々ならぬ野心を抱いていたことは疑う余地はない。とはいえ、彼は誰も想像ができなかったほどこのシャトーの評判を高めたのだ。彼はメドックのワインの1855年の格付けの変更を成し遂げることができた唯一の人物である。

何年間もロビー活動を続けた後に、1973年にムートン・ロートシルトは公式に一級に格付けされた。その際に派手好きな男爵は挑戦的なラベルの言葉を、「一級にはなれないが、二級の名に甘んじられぬ、余はムートンなり」から「余は一級であり、かつて二級であった、ムートンは不変なり」と変えている。

男爵は1998年1月に他界した。今はその娘で、男爵同様カリスマ性のあるフィリピーヌがこのワイン醸造帝国の精神的頂点にいる。彼女は、エルヴェ・ベルローが率いるムートンの有能なチームから並々ならぬ協力を引き続き得ている。

疑問の余地なく、私が飲んだボルドーの最も偉大なワインのいくつくがムートンだ。2003年、2000年、1996年、1995年、1986年、1982年、1959年、1955年、1953年、1947年、1945年、そして1929年は最高のムートンの気絶するほどすばらしい一例である。だが、一級シャトーとしては恥じ入るしかない、そしてそれを買って飲む消費者にとっても明らかに腹立たしくなるような、凡庸なヴィンテージもあまりに多かった。1990年、1980年、1979年、1978年、1977年、1976年、1974年、1973年、1967年、1964年は、一級シャトーの水準をはるかに下回った。1990年と1989年というふたつの有名なヴィンテージでさえ、卓越したヴィンテージに一級シャトーに期待されるワインとしては、驚くほど生硬で、凝縮感に欠けていた。

とはいえ、なぜこのワインが商業的に成功したか、理由はいろいろある。まず、ムートンのラベルがコレクターズ・アイテムであること。1945年以来、フィリップ・ド・ロートシルト男爵は、毎年、ひとりの画家に一枚の絵の作成を依頼し、それがラベルを飾った。ムートン・ロートシルトのラベルに登場する大家には事欠かなかった。ヨーロッパからミロ、ピカソ、シャガールにコクトー、アメリカ人ではウォーホール、マザーウェル、そして1982年にはジョン・ヒューストンが起用された。次に、偉大なヴィンテージにおけるムートンの豪華さが、ラフィット・ロートシルトの生硬な優美さや、パワフルでタニックで、濃厚で筋肉質なラトゥールとは、かなり異なるスタイルを持っていることがあげられる。三番目には、申し分なく維持されたシャトー自体が、その卓越したワイン博物館とともに、メドックの(そして多分ボルドー全域でも)最高の観光地であることだ。
-ロバート・M・パーカーjr著 「ロバート・パーカーが選ぶ 最新版 世界の極上ワイン」176P、177Pより抜粋








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1/17/2015

シャトー・マルゴー CH.MARGAUX




格付け:一級

所有者:メンツェロプロス家
住所:Chateau Margaux,33460 Margaux,France
郵便:BP31,33460 Margaux,France
TEL:33 05 57 88 83 83
FAX:33 05 57 88 31 32
窓口:Tina Bizard(TEL:33 05 57 88 83 93)
見学:要予約 月~金AM10:00~12:00、PM14:00~16:00

面積:78ha(栽培面積)
ブドウ品種:カベルネ・ソーヴィニョン75%、メルロ20%、カベルネ・フランとプティ・ヴェルド5%
平均樹齢:35年
植樹面積:10.000本/ha

醸造及び育成
発酵とマセレーションは、温度制御した木製発酵槽で3週間。熟成はオークの新樽で18~24カ月。清澄はするが濾過はしない。

年間生産量
シャトー・マルゴー:200.000本
パヴィヨン・ルージュ・デュ・シャトー・マルゴー:200.000本

近年の偉大なヴィンテージ
2010年、2009年、2005年、2003年、2000年、1996年、1995年、1990年、1986年、1985年、1983年、1982年



南メドックのすばらしい貴族、シャトー・マルゴーに向かう道は華麗な光景である。初めて訪れる人は、シャトー・パルメのすぐ北にある、小さな庭園にさりげなく囲まれたこの高貴な館が目に入ると、驚きと喜びを感じるに違いない。

このシャトーの歴史は、「ラ・モンテ・ド・マルゴー」として知られていた12世紀にまでさかのぼることができる。そのワインの歴史は、それよりもいくぶんかあとに始まる。1522年から1582年の間に、ピエール・ド・レストナックは、計画的に土地の交換を始めて、ブドウ畑もあったが、当初は主に穀物をつくるために利用した。1705年には、ロンドン・ガゼット紙が、シャトー・マルグーセの初の広告を掲載した。クリスティーズのカタログに初めて登場したのは1771年のヴィンテージである。

英国の首相、ロバート・ウォルポール卿は、3カ月毎に4樽(約100ケース)を購入していた。シャトーの文書庫の記録によれば、「必ず支払いがあったわけではなかった」という。駐仏米国大使であったトーマス・ジェファーソンもまたシャトー・マルゴーの愛好家であり、彼らふたりは1784年を飲んで購入している。このワインについてのジェファーソンの言葉によれば、「これ以上良好なボルドー・ワインはあり得ない」。

20世紀に入ると、シャトー・マルゴーは、強制的なシャトーでの瓶詰めを1924年のヴィンテージから始めた。だが、その後は苦しい時代が続く。1930年代は悲惨な10年間であり、その後の戦争もあり、結果としてシャトーは売りに出され、1950年にジネステ家によって買収された。ワインの品質は記念碑的な1953年を除けはまちまちであった。ピエールとベルナール。ジネステの不十分な財政管理(国際的な石油危機や1973年と1974年のワイン市場の暴落がその原因である)のもとで1960年代と1970年代の悲惨な時期に生産されたワインは、豊かさや凝縮感、個性に欠けるものがあまりにも多すぎた。その後、1977年にマルゴーはアンドレとラウラ・メンツェロプロス夫妻に売却され、直ちに畑や醸造設備に惜しみなく大金が投入された。エミール・ペイノーがワイン醸造を監督するコンサルタントとして迎えられた。聡明な観察者たちは、こうした経済的、精神的な肩入れがワインの秀逸性に反映されるようになるのは、いくつかのヴィンテージが過ぎてからだろうと予測したが、マルゴーの底なしの偉大さを世界に見せつけるには、1978年のヴィンテージひとつで十分だった。

残念なことにアンドレ・メンツェロプスは、苦闘していた一級シャトーのワインがすばらしい上品さと豊かさ、複雑さを備えた、輝かしいまでに一貫性のあるワインに完全に変貌するのを見届ける前にこの世を去った。エレガントなラウラ夫人、そして最近では世事に通じたやり手の娘、コリンヌがここを取り仕切っている。このふたりは少なからぬ才能の持ち主たちに取り巻かれているが、なかでもポール・ポンタリエの存在は光っている。1978年のマルゴーはすぐに評判を勝ち取り、その後も輝かしいつくりのワインを次々と世に送り出した。そのすばらしい豊かさとバランスは、1980年代にボルドー全体でつくられたどのワインよりもマルゴーが良好だと言っても過言ではなかった。

よみがえったマルゴーの特徴は、豪華な豊かさ、熟したブラックカラント、スパイシーなヴァニラのオークっぽさ、スミレなどの深みのある多面的なブーケを持つスタイルである。今ではその色や豊かさ、ボディ、タンニンのどれをとっても、1977年以前にジネステの支配下でつくられていたワインに比べて見違えるほどに充実している。

- ロバート・M・パーカーjr著 「ロバート・パーカーが選ぶ 最新版 世界の極上ワイン」160P、161Pより抜粋




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1/04/2015

シャトー・アンジェリュス CH.ANGELUS


格付け:プルミエ・グラン・クリュ・クラッセ(第一特別級)、サンテミリオン・グラン・クリュ
所有者:ド・プーアール・ド・ラフォレ家

所在地
住所:CH.ANGELUS,3330 St,-Emilion,France
電話:33 05 57 24 71 39
FAX:33 05 57 24 68 56

面積:23.4ha
ブドウ品種:メルロ50%、カベルネ・フラン47%、カベルネ・ソーヴィニョン3%
平均樹齢:35年
植樹密度:7.000~8.000本/ha
平均収量:25~30hl/ha

醸造及び育成
少なくともブドウを摘む要員と同じくらいの人数が、選果テーブルにも当てられている。ポンプや発酵槽へ移すための管は使わず、発酵槽(スチール、木、及びセメント製)に果実を丸ごと運ぶためにベルトコンベヤーが導入されている。発酵槽は果皮との接触を最大限にするため、高さよりは幅があり、長時間のマセラーションの際にはパンチング・ダウン、ポンピング・オーバーが採用されている。ワインは早くから樽にうつされ、樽内でマロラティック発酵を行い(1983年以降)、6~8カ月間澱と接触させ(1988年以降)清澄と濾過は行わない(1988年以降)。樽熟成は年によって20~28カ月間。翌年の秋に瓶詰する。

年間生産量
シャトー・アンジェリュス:75.000本
カリヨン・ド・ランジュリュス:10.000本

近年の偉大なヴィンテージ
2003年、2002年、2001年、2000年、1998年、1996年、1995年、1990年、1989年


名高い<ピエ・ド・コート>に建つ有名なサン=テミリオンの鐘楼の近くに位置するシャトー・アンジェリュスは、プーアール・ド・ラフォレ家の7代にわたる熱心な貢献の賜物である。シャトーの名前は、所有する畑の一区画にいると、地元のマゼラ聖堂、マゼラの聖マルタン教会、そしてサン=テミリオン教会という3つの教会のお告げの鐘(アンジェリュス・ベル)がすべて同時に聞こえることから名付けられた。

アンジェリュスは、非常に人気の高いサン=テミリオンである。生産量が多いこと(その多くは輸出されている)、美しいラベル、そして魅力的でしなやかなワインのスタイルから、サン=テミリオン愛好家の間でもアンジェリュスの信奉者は多い。アンジェリュスはマゼラ・ヴァレーに位置しており、畑は石灰質の粘土質ロームと、下方斜面の粘土と砂が入り混じった土壌にある。畑全体が、完全な南向きを享受している。

- ロバート・M・パーカーjr著 「ロバート・パーカーが選ぶ 最新版 世界の極上ワイン」104Pより抜粋




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4/26/2014

シャトー・ラ・フルール (Chateau Lafleur)



格付け:ポムロールには公式の格付けはない。
所有者:ジャック・ギノードーとその家族
栽培面積:4.5ha
ブドウ品種:カベルネ・フラン50%、メルロ50%
平均樹齢:30年以上
植樹面積:5.900本ha
平均収量:38hl/ha
醸造及び育成発酵とマセレーションは、ヴィンテージによおて15~21日間続く。ワインは直接オーク樽に移されてマロラクティック発酵を行い。そのまま18~20か月間寝かされる(新樽比率は1/3~1/2)。ワインは新鮮な卵白を使って清澄されるが、濾過は意図的に行っていない。
年間生産量:シャトー・ラ・フルール12.000本、レ・パンセ・ド・ラ・フルール3.000本
近年のグレートヴィンテージ:2003,2001,2000,1999,1995,1990,1989,1985,1982

ポムロールにあるこの小さな畑に、私はいつも個人的な愛着を感じてきた。1970年代半ばにラフルールのワインをテイスティングし始めた頃、この銘柄について書かれたものは何も見つけることはできなかった。しかし、私の小さなテイスティング・グループの中では、このワインはどこをとってもペトリュスに優るとも劣らない人を引き付ける魅力があるという結論に達することが多かった。

確かなことは、ラ・フルールは依然として、常にペトリュスに迫り、時にはそれを凌ぐことさえできるポムロールで唯一のワインであるということだ。故ジャン=ピエール・ムエックスでさえ、かつてそれを認めたことがある。ラフルールがあらゆる点においてペトリュスに匹敵する、並はずれたワインであることを知る事が出来るまで、何度もふたつのワインを並べて味わうことができた私は幸運だった。香りの観点から言えば、ラフルールは多くのヴィンテージでペトリュスよりも複雑である。これは間違えなく、ラフルールが所有する樹齢の高いカベルネ・フランのおかげである。

ラ・フルールの偉大さの多くは、その土壌によるものだ。深い砂利質の土壌は鉄分に富み、いくらかの砂が混じるが、また、非常に重要な成分、リンとカリウムを含んでいることも特徴的である。ロバン姉妹の父がラフルールのモットーとしていた「質は量に優る」を反映して、収量は昔からごく少ない。

ラ・フルールはボルドーの最高水準に照らしても、いまだに最も独特で、エキゾチックで、偉大なワインのひとつである。これはポムロールのみならず、全世界を見渡してもそうである。
  - ロバート・M・パーカーjr著 「ロバート・パーカーが選ぶ 最新版 世界の極上ワイン」137P、138Pより抜粋







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4/25/2014

シャトー・レオヴィル・バルトン(Chateau Leoville Barton)


格付け:メドック2級 サン=ジュリアン
所有者:バルトン家
栽培面積:50ha
ブドウ品種:カベルネ・ソーヴィニョン72%、メルロ20%、カベルネ・フラン8%
平均樹齢:30年
植樹密度:9.000本/ha
平均収量:50hl/ha
醸造及び育成

このボルドーは、除梗機、プレス機、温度調節機能といった現代的な設備を使用していることを除けば、伝統的なワインづくりのシンボルである。発酵は容量200hlのオーク樽で、30~32℃の温度で行われる。発酵後もブドウは2週間程度そのまま発酵槽に残され、その後、果汁のみ別の容器に移されて、マロラクティック発酵を行う。それが終わると、ワインはオーク樽(新樽比率50%)に移され、3か月毎に卵白と水を使った清澄が行われる。翌年の7月に瓶詰している。
年間生産量:シャトー・レオヴィル・バルトン264.000本、レゼルヴ・ド・レオヴィル・バルトン55.000本
近年のグレートヴィンテージ:2003,2000,1996,1995,1990,1986,1985,1982

3つのレオヴィル(ラス・カーズ、ポワフェレ、及びバルトン)は元々はひとつの大きなレオヴィルのシャトーの一部だった。ヒュー・バルトンが1826年に畑の約1/4を買い、これがレオヴィル・バルトンとなった。そして現在に至るまで同家の所有となっている。同じくレオヴィル家がずっと所有しているのがシャトー・ランゴア・バルトンで、1821年にやはりヒュー・バルトンが買ったものだ。

レオヴィル・バルトンは一般的にその兄弟分にあたるランゴア・バルトンよりはるかに品質が優れていると思われている。いずれもアントニ・バルトンが所有していいるが、他の所有者たちと違って、バルトンはブレンドに、しなやかで肉付きの良いメルロをごくわずかしか使わない(1980年代半ばの植樹で20%に引き上げられたが)。一方で、カベルネ・ソーヴィニョンの割合はサン=ジュリアンの村のみならず、メドック全般で見ても高い。

レオヴィル・バルトンはランゴア・バルトンでつくられる。レオヴィルにはシャトーがないからである。レオヴィル・バルトンの主な畑はサン=ジュリアン=ベイシュヴェルの街並みのすぐ裏手から西方へと広がって、シャトー・タルボの大きな畑と交差している。

1970年代には一貫性がなかったが、1980年代、1990年代、そして21世紀の初頭には連続して輝かしいまでに成功したワインを生み出している。1985年代以降、アントニ・バルトンは、このワインの伝統的なスタイルを変化させるのではなく、より洗練されたものにした。サン=ジュリアンの最高級ワインの中でも最上のお値打ち品となっている。
 -ロバート・M・パーカーjr著 「ロバート・パーカーが選ぶ 最新版 世界の極上ワイン」1147Pより抜粋





4/04/2014

シャトー・オーゾンヌ(Chateau Ausone)



格付け:プルミエ・グラン・クリュ・クラッセA(特別級第一級A)、サン=テミリオン
所有者:ミシュリーヌ、カトリーヌ&アラン・ヴォーティエ
栽培面積:7ha
ブドウ品種:メルロ50%、カベルネ・フラン50%
平均樹齢:50~55年
植樹面積:6.000~7.800本/ha
平均収量:35hl/ha
醸造及び育成:発酵とマセレーションは、温度制御機能付きの木製の発酵槽で、21~28日間かけて行われる。オークの新樽でマロラクティック発酵及び19~23ケ月間熟成し、その間3ケ月ごとに澱引きする。軽い清澄はするが、濾過は一切しない。
年間生産量:シャトー・オーゾンヌ20.000~23.000本、シャベル・ドーゾンヌ7.000本
近年のグレートヴィンテージ:2003,2002,2001,2000,1999,1998,1996,1995,1983,1982,1976

初めてボルドーを訪れた人が向かうべきシャトーとブドウ畑を1か所だけあげるとしたら、それはこの非常に小さなオーゾンヌであろう(見学はワインの専門家に限られている)。サン=テミリオンの中世の城壁の外にある丘の斜面にちょこんと位置しているオーゾンヌの立地は、壮観である。極小の畑に非常に古いブドウ樹が植えられていること、そして広い石灰岩の洞穴をこのシャトーのセラーとして使用していることが、オーゾンヌをより驚くべき存在にしている。オーゾンヌという名前は、アウソニウスというローマの詩人(紀元前320~395年)にちなんでいる。
  -- ロバート・M・パーカーjr著 「ロバート・パーカーが選ぶ 最新版 世界の極上ワイン」107Pより抜粋





4/03/2014

シャトー・シュヴァル・ブラン(Chateau Cheval Blanc)


格付け:プルミエ・グラン・クリュ・クラッセA(第一特別級A) サン=テミリオン
所有者:ベルナール・アルノー及びアルベール・フレール
栽培面積:37ha
ブドウ品種:カベルネ・フラン58%、メルロ42%
平均樹齢:45年
植樹密度:8.000本/ha
平均収量:35hl/ha
醸造及び育成
温度調節機能付きのステンレス及びコンクリートの発酵槽で、21~28日間の発酵とマセレーションを行う。マロラクティック発酵の後、オークの新樽で18カ月間熟成し、その間3か月毎に澱引きする。卵白で清澄を行い、濾過はしない。
年間生産量:シャトー・シュヴァル・ブラン100.000本  ル・プティ・シュヴァル40.000本
近年のグレートヴィンテージ:2010,2008,2007,2005,2001,2000,1999,1998,1995,1990,1985,1983,1982

シュヴァル・ブランは間違いなく、ボルドーで最も深遠なワインである。今世紀のほとんどにおいて、サン=テミリオンの格付けの中で単独でトップの地位を占め、このアペラシオン最高のワインを生み出してきた。1970年代の半ばにオーゾンヌの復興が始まってからは、シュヴァル・ブランは、世の注目をオーゾンヌと分け合わなければならなくなったが、非常に際立ったワインであることに変わりはない。ポムロルとの境を接するサン=テミリオンの砂利地(グラーヴ)一帯に位置し、そのブドウ畑は、レヴァンジルやラ・コンセイヤントとは溝ひとつによって隔てられているだけであるため、長年、そのワインはサン=テミリオンよりも、ポムロルに近いと批判されてきた。

ボルドーの「八大ワイン」のひとつであるシュヴァル・ブランは、おそらく、飲み頃の幅が最も広いワインであろう。通常、このワインは最初に瓶詰めされた時点でおいしいのだが、最高に出来のよい年のワインの場合、長期にわたって質を保つことのできる能力を備えている。メドックの第一級シャトーのワインも、ポムロルのペトリュスも、これほどの柔軟性を備えてはいない。オー=ブリオンだけが、早い段階で飲むことができ、早熟でありながら、20年から30年熟成するにふさわしい内容と総合的なバランスや強さを持つという点で、シュヴァル・ブランに近いワインだと言える。私にとっては、シュヴァル・ブランはシュヴァル・ブランなのであって、私が試飲したことのあるポムロルとも、ほかのいかなるサン=テミリオンとも違う。シュヴァル・ブランのカベルネ・フランを3分の2、メルロを3分の1という特徴あるブドウの選択は、非常に異例である。主だったシャトーで、これだけカベルネ・フランを使うところはほかにはない。しかし、興味深いことに、このブドウはシュヴァル・ブランの、鉄鉱石を岩床とした砂利の多い、砂礫(されき)質および粘土質の土壌で最高となり、極めて豊かで、熟した、強烈で、粘りけのあるワインを生み出すのである。
  - ロバート・M・パーカーjr著 「ロバート・パーカーが選ぶ 最新版 世界の極上ワイン」111Pより抜粋





4/02/2014

シャトー・ピション・ロングヴィル・バロン(Chateau Pichon Longuevilie Baron)


格付け:メドック2級 ポイヤック
所有者:アクサ・ミレジウム
栽培面積:70ha
ブドウ品種:カベルネ・ソーヴィニョン60%、メルロ35%、カベルネ・フラン4%、プティ・ヴェルド1%
平均樹齢:27年
植樹密度:9.000本/ha
平均収量:45hl/ha
醸造及び育成
シャトーのテロワールの最も古い区画には、主にカベルネ・ソーヴィニョンが植えられており、グラン・ヴァンのために選別されている。およそ20ヘクタールのより樹齢の若い区画には主にメルロが植えられており、このシャトーのセカンドワイン、レ・トゥーレル・ド・ロングヴィルの生産に使われている。各区画には、ヴィンテージ毎の標準的なスタイルと品質を維持するために別々に保たれている。

収穫が早すぎることにならないようにするために、カベルネ・ソーヴィニョンにはとりわけ注意が払われている。1991年にピション=バロンは、テロワールのタイプと成熟度の関係を理解するために、ブドウのフェノール化合物の変化をモニタリングする成熟度表(Maturity index)を設定した。ピション=バロンにおける主な目的は、果実の品質とその主たるアロマを維持することにある。

アルコール発酵と一部のマロラクティック発酵は、50~220hlのステンレス製発酵槽で行う。小さめの発酵槽は、小さい区画のために用いられて、個別に醸造する。アルコール発酵のための酵母も個別に選ばれる。26~31℃で発酵を行い、果汁は頻繁にポんピング・オーバーを行う。果皮のマセレーションは5~15日続け、その間に発酵槽毎のテイスティングを定期的に実施する。

(グラン・ヴァンのための)最上のロットは、醸造のあと、樽で熟成される。熟成の第1段階の間に数回、樽からテイスティングを行った後にアサンブラージュする。最終的なブレンドは2月の終わりか3月の初めに行う。樽での熟成はオークの新樽60~80%で約16ヵ月実施する。

年間生産量:シャトー・ピション=ロングヴィル・バロン240.000本、レ・トゥーレル・ド・ロングヴィル150.000本
近年のグレートヴィンテージ:2003,2002,2001,2000,1998,1996,1995,1990,1989,1988,1986,1982


現存しているシャトーは1851年にラトゥール・ド・ピション=ロングヴィルにより建設されて、1933年から1988年までブーテイエ家によって所有されていた。アクサ・ミレジム社に買収され、ジャン=ミシェル・カーズの指揮の下で完全に復興した。

ピション=バロンが1986年以降につくっているワインは、ポイヤックが再びふたつの偉大なピションを得たという歴然たる証拠である。このシャトーが1990年代のスーパースターのひとつとなったことも証明されている。ピション=バロンは、常にメドックで最も荘厳なワインのひとつとなっている。
 -ロバート・M・パーカーjr著 「ロバート・パーカーが選ぶ 最新版 世界の極上ワイン」193Pより抜粋








3/29/2014

シャトー・レグリーズ・クリネ (Chateau Eglise Clinet)

格付け:ポムロール(ポムロールには公式の格付けは無い)
所有者:ファミーユ・デュラントゥ/シャトー・レグリーズ・クリネ
栽培面積:4.5ha
平均樹齢:40年
植樹密度:6.500~7.000本/ha
平均収量:35~38hl/ha




醸造及び育成
発酵とマセレーションは、容量30~50hlの温度調節機能付きのステンレス製タンクで、15~21日間にわたって行う。新樽の比率が40~70%のオーク樽で、15~18カ月間熟成する。清澄、濾過は行わない。
年間生産量:シャトー・レグリーズ・クリネ12.000~15.000、ラ・プティット・レグリーズ15.000~20.000本
近年のグレートヴィンテージ:2001,2000,1998,1995,1990,1989,1988,1986,1985

レグリーズ・クリネは、1956年の殺人的な厳寒の後も植え替えをしなかった数少ないポムロール畑のひとつである。(1985年と1987年の霜の際も被害を受けなかった)。従って、ここには非常に古い樹があり、なかには樹齢100年を超えるものもある。

1983年までは、ここより大きく、名前も知られたポムロールのシャトー、クロ・レネの所有者であるピエール・ラセールが、ここの畑を「メテイヤージュシステム(ブドウ畑の賃貸契約タイプ)」で運営していた。彼はリッチで、バランスの良い、しなやかで硬い、そして常に巧みに醸造されたワインを造っていた。その後、経営は若くて非常に献身的なドゥニ・デュラントゥの手に渡った。彼はこの小さな畑をポムロールの非公式格付けの最高位に押し上げようと努力している。成功への秘訣は、品質に対する特筆すべき関与、ブドウの樹齢(平均樹齢が40~45年である)、さらに豊作の時でも難しいヴィンテージでも収穫量の4分の1をセカンドワイン、ラ・プティット・レグリーズにまわすことである。ドゥニ・デュラントゥの努力はいくら賞賛しても足りないぐらいである。

レグリーズ・クリネの値段は高い。それはワイン通たちがこのワインをアペラシオンの上位12位のひとつと認めているからである。 - ロバート・M・パーカーjr著 「ロバート・パーカーが選ぶ 最新版 世界の極上ワイン」119Pより抜粋








シャトー・レヴァンジル(Chateau l'Evangile)



格付け:ポムロール(ポムロールにはワインの公式の格付けは無い)
所有者:ドメーヌ・バロン・ド・ロートシルト(ラフィット)
栽培面積:14ha
ブドウ品種:メルロ78%、カベルネ・フラン22%
平均樹齢:35年
植樹密度:6.000~7.500本/ha
醸造及び育成
レヴァンジルは伝統的な栽培手法をとっており、収穫を手摘みで行い、厳格な選果をしている。小さめかもしくは控えめなサイズの、セメント及びステンレス製の発酵槽で醸造を行う。ほとんどのヴィンテージでは18~20カ月間熟成する。樽は新樽が主体のオーク樽であるが、これはデュカス家が所有者だった頃はあまり見られなかったことで、現在のロートシルト家の所有になってから変わったことである。
年間生産量:シャトー・レヴァンジル2.000~3.000ケース、ブラゾン・ド・レヴァンジル2.000~3.000ケース
近年のグレートヴィンテージ:2001,2000,1998,1995,1990,1985,1982,1975

レヴァンジルは1741年、ファジローの名前で土地が登録されていた頃に登場している。19世紀への変わり目には、このシャトーは既に現在と似たような構成にあり、13ヘクタールの畑が広がっていた。その頃、ここはイザンベールという法律家に売却され、「レヴァンジル」と名前を変えた。

レヴァンジルの2001年、2000年、1998年、1995年、1990年、1989年、1985年、1982年、1975年、1961年、1950年、1947年を味わった人ならだれでも、このシャトーが荘厳な豊かさと人を動かさずにはおかない個性を持ったワインを生み出せることを十分にわかっているはずだ。ブドウ畑の紳士録とも言えるような、ラ・コンセンヤント、ヴィユー・シャトー・ゼルダン、そしてペトリュスと北の境界線を接し、偉大なサン=テミリオンのシュヴァル・ブランと南の境界線を接するこのシャトーの14ヘクタールの畑は、深い、砂利質の土壌が粘土と砂の混じりあった、輝かしい場所に位置している。これらの利点があるからこそ、レヴァンジルは(決して一貫性のあるワインの見本とは言えないものの)現在のようにペトリュス、ラフルール、そしてシュヴァル・ブランと肩を並べるワインを生み出すことができるのだ。
  - ロバート・M・パーカーjr著「ロバート・パーカーが選ぶ 最新版 世界の極上ワイン」122Pより抜粋






3/28/2014

シャトー・ド・ヴァランドロー(Chateau Valandraud)


格付け:グラン・クリュ サン=テミリオン
所有者:ジャン=リュック・デュヌヴァン、ミュリエール・アンドロー
栽培面積:8ha
ブドウ品種:メルロ70%、カベルネフラン25%、マルベック2.5%、カベルネ・ソーヴィニョン2.5%
平均樹齢:30年
植樹密度:6.500本
平均収量:30~40hl/ha
醸造及び育成
すべてのブドウは有機農法による畑から手摘みで収穫する。低温マセレーションのあとの醸造は、非常にブルゴーニュ風である(樽内での低温マセレーションまたは浸浸、マクロラクティック発酵、澱と接触させたままの熟成)、ポんピング・オーバーだけでなくピジャージュも行う。マクロラクティック発酵は、樽の中で行い、最初の澱引きの時まで、ワインは澱と接触している。18カ月オークの新樽100%で熟成したあとで、ワインは清澄も濾過もせずに瓶詰される。
年間生産量:シャトー・ド・ヴァランドロー11.000本、ヴィルジニ・ド・ヴァランドロー10.000本
近年の偉大なヴィンテージ:2003,2002,2001,1998,1995,1994,1993

執念深く生真面目、非常に才能ある所有者のジャン=リュック・テュヌヴァンは、彼の清澄・濾過処理をしない、際立ってリッチなヴァランドローが獲得している評判と価格に、今ではチェシャー猫のようなにやにや笑いを浮かべている。テュヌヴァンは夫人のミュリエルと共に、サン=テミリオンの厳選した区画に、ちっぽけなシャトーを設立した。サン=ミリオンでワイン・ショップとレストラン経営の経験を持ち、ワインの取引に関わってきたことは、テュヌヴァンの偉大なワインづくりのための哲学をいささかも損なうことはなかった。

ヴァランドローがどのくらいよく熟成するか、一般の評価はもちろんまだだが、ワインの途方もなくリッチで、凝縮感があり、すばらしくくっきりした輪郭がある。1994年、1993年、1992年といったコレクターが、サン=テミリオンのどのシャトーのワインよりも探し回る小さな宝物となった。テュヌヴァンをを批判する声は耐えないが(多くはボルドーの貴族的なシャトーの嫉妬である)、彼の影響力は広大し続けている。彼は最も引っ張りだこのコンサルタントの1人であり、秀逸さへの執心とこだわりは、彼の途方もない味覚(同じぐらい才能のある彼の妻の助けが大きい)と共に、サン=テミリオンとその衛星地区の多くの凡庸なワインをよみがえらせていた。品質にこだわる消費者の意識に、これらのワインを最も人気のあるものとして植えつけたのである。

テュヌヴァンは、ミシェル・ロランと並んで、新しい世代のヴィニュロンたちに対し、もっともっと高い品質のワインをつくるよう刺激を与えてきた人物である。そのおかげで、ボルドー全体が多大な恩恵にあずかっている。
  - ロバート・M・パーカーjr著「ロバート・パーカーが選ぶ 最新版 世界の極上ワイン」203Pより抜粋



シャトー・ド・ヴァランドロー

シャトー・ラモンドット( Château La Mondotte)


格付け:ACサン=テミリオン
所有者:ネッペール伯爵
栽培面積:4.5ha
平均樹齢:45年
植樹密度:5.500本/ha
平均収量:25hl/ha
醸造及び育成:この小さな宝物のようなブドウ畑はサン=テミリオンの石灰岩の台地に位置している。粘土質の土壌と秀逸な完熟感、そして低収量が、豪華で非常に色が深く、極めて良好な構造を持つワインをつくるのに貢献している。想像を絶するほど熟した果実味とフィネスが口の中を通り抜けていく。
収穫の際は、ブドウは手摘みであり、除梗の前後に2回の選別を経る。発酵は温度制御装置のついたオークの発酵槽で25日間行う。果帽をパンチング・ダウンすることで抽出が達成される。ワインは樽(例年90~100%が新樽)の中で澱と接触したまま約18カ月間かけて熟成して、清澄も濾過もしない。
年間生産量:ラ・モンドット9.500本
近年のグレートヴィンテージ:2003,2001,2000,1998,1996

カノン=ラ=ガフリエールやクロ・ド・ロラトワールを所有する
ステファン・フォン・ネッペールと、有能なコンサルタントの
ステファン・ドゥルノンクール氏がタッグを組むラ・ラモンドット。

メルロ100%で造った1996年が初ヴィンテージ。
初ヴィンテージより2年も経たない内に、無名だったシャトーは
サン・テミリオンの最上級シャトーになり、その価格は急騰!
ついに、1998年のプリムール価格は、サン・テミリオンで
最高値を付けたという伝説的なエピソードを持ちます。

ステファン・フォン・ネッペール氏は、最良のワインを造るために出費を惜しまず、
伝統的醸造法と最新の醸造法の賢明な融合を通して、
常に傑出した成果を達成してきています。
醸造においては長期間のマセラシオンと、澱と接触させたままでの
ミクロ・ビュラージュ、新樽でのマロラクティック発酵、
高品質の樽の使用など、最先端の技術がぎっしり詰め込まれています。

芳醇さがあり、力強く、濃厚で十二分の果実味がありながら、
ラ・モンドットには非の打ちどころのないバランスと調和を感じることが出来ます。
若い時点でも近づきやすさはありますが、
30年ほどセラーで寝かせられる熟成能力もあります。



シャトー・ラフィット・ロートシルト(Château Lafite-Rothschild)



格付け:メドック1級(1855年) ポイヤック
所有者:ドメーヌ・バロン・ド・ロートシルト(ラフィット)
栽培面積:100ha
ブドウ品種:カベルネ・ソーヴィニョン70%、メルロ25%、カベルネ・フラン3%、プティ・ヴェルド2%
平均樹齢:30年
植樹密度:8.500本/ha
平均収量:50hl/ha
醸造及び熟成
手摘みで収穫の後、ブドウは畑で選別される。ブドウ品種、熟成の程度、タンニンの抽出度に応じて、3週間マセレーションを行い、オーク及びステンレス製の発酵槽で伝統的に醸造する。(ラフィットお抱えの樽職人がつくった)オークの新樽に18~20カ月寝かせることによって、若いワインの熟成が完結する。ラフィットでは軽い清澄を行い、瓶詰めの前に濾過を行っている。
年間生産量:シャトー・ラフィット・ロートシルト18.000~25.000ケース、カリュアード・ド・ラフィット20.000~25.000ケース
近年のグレートヴィンテージ:2003,2002,2001,2000,1999,1998,1996,1995,1990,1988,1986,1983,1982

ラフィットの名前は、ガスコーニュ語の「ラ・ヒート」、すなわち「小さい丘」からきている。ラフィットについての最初の記述は13世紀にまでさかのぼるが、ワインづくりのシャトーとしての評判を得るようになったのは、17世紀になってからだった。1670年代から1680年代初めにかけてラフィットのブドウ畑を植えたのは、ジャック・ド・セギュールの功績である。

18世紀の初め頃には、ラフィットはロンドンに販路を見出していた。1732年から1733年にかけては、英国首相であったロバート・ウォルポールが3カ月毎にラフィットを樽で購入した。

ニコラ・アレクキサンドル・ド・セギュール侯爵はワインの醸造技術を向上させ、とりわけ外国の市場やヴェルサイユ宮殿でのラフィットの名声を高めた。才能ある大使マレシャル・ド・リシュリューの支援を得て、彼は「ワイン・プリンス」として知られるようになり、ラフィットのワインは「王のワイン」と呼ばれた。

1780年代の終わり頃までには、ラフィットは未来の米国大統領トーマス・ジェファーソンのような重要人物を始めとする、外国の信奉者を持つようになった。大使としてヴェルサイユ宮殿に仕えながら、ジェファーソンはワインづくりの情熱に目覚め、自分の国でもそれを発展させようと決心した。1787年5月にボルドーに滞在した際、彼はシャトーを詳細に格付けし、シャトー・ラフィットを上位4つのシャトーのひとつに指名した。

セギュール家によるラフィットの運営は、ニコラス・ピエール・ド・ピシャールがフランス革命の最中に処刑されたことによって、無残にも終わりを告げた。今もシャトー・ラフィットのロビーには、1797年9月12日にここを競売にかけると書かれた当時のポスターが飾ってある。当時のこのシャトーは「メドックを代表するワインで、ボルドー全体でも最上のワインを生産している」と表現されている。

1868年8月、再び競売にかけられたシャトー・ラフィットは、ジェームス・ド・ロートシルト男爵に買い取られた。
偶然にも、1868年ヴィンテージのラフィットはその年の最高価格のワインとなり、その記録は20世紀になるまで破られることはなかった。

19世紀の終わりから20世紀の前半にかけては、壊滅的な出来事が続いた。フィロキセラの被害、続いて第一次世界大戦と大恐慌によって、ワインの価格は暴落した。こうした試練にかかわらず、いくつかの偉大なヴィンテージが生み出されている。1899年、1900年、1906年、1926年、そして1929年だ。

第二次世界大戦によって事態はますます悪くなり、1940年6月にフランスが降伏すると、ドイツ軍がメドックを占領した。
ロートシルト家所有の土地は接収され、農業の職業訓練校として利用するために軍の管理下に置かれた。占領期間中ずっと、シャトー・ラフィット・ロートシルトとシャトー・ムートン・ロートシルトにはドイツ軍の駐屯が定着しており、シャトーは古いヴィンテージものを接収されたりあさりまわられたりして苦しんだ。ロートシルト兄弟がシャトー・ラフィットを取り戻したのは、1945年の終わりのことだった。

1973年から1976年に国際的な石油危機がボルドーを襲ったが、その後ラフィットはエリック・ド・ロートシルト男爵の管理のもと1975年と1976年のヴィンテージで再びよみがえった。ブドウ畑では植え替えと修復作業が続けられ、肥料は再び見直され、除草剤は制限された。セラーでは、オークの槽と並んでスチール製のタンク一式が導入され、新しい熟成方法をもたらすワイン蔵(シェ)も取り入れられた。

ラフィットは、ボルドーで最も有名なシャトーであり続けている。そして、エレガントで小さめの、控えめなラベルとともに、富、名声、歴史、尊敬、そして驚くほど長命なワインの代名詞となっている。
  -ロバート・M・パーカーjr著 「ロバート・パーカーが選ぶ 最新版 世界の極上ワイン」132P、133Pより抜粋



シャトー・ラフィット・ロートシルト

シャトー・オー・ブリオン( Chateau Haut Brion)


格付け:第一級 グラーヴ
所有者:ドメーヌ・クラランス・ディロンSA
栽培面積:43.2ha
ブドウ品種:カベルネ・ソーヴィニョン45%、メルロ37%、カベルネ・フラン18%
平均樹齢:36年
植樹密度:8.000本/ha
平均収量:35~45hl/ha
醸造及び育成
若いワインは、温度調節機能付きのステンレスタンクで(オー・ブリオンは1961年にこれを導入した最初の主要なシャトーである)15~20日間、発酵とマセレーションを行う。その後オークの新樽100%(18世紀以来のオー・ブリオンの伝統である)に静かに移され、ヴィンテージの持久力と力強さに応じて22~26カ月間寝かせる。卵白で清澄を行い、濾過は必要な場合のみ行う。
年間生産量:(赤ワイン)シャトー・オー・ブリオン132.000本、シャトー・バアン・オー・ブリオン88.000本
(白ワイン)シャトー・オー・ブリオン7.800本、レ・プランティエール・デュ・オー・ブリオン5.000本
近年のグレートヴィンテージ:2003,2000,1998,1995,1990,1989,1985,1982,1975

ボルドーのグラン・クリュ・クラッセとして代表的な、1855年のメドック格付け時、メドック地区でないにも関わらず(グラーヴ地区)、余りにも偉大な名声から唯一例外として組み入れられたグラーヴ地区の超一流シャトー、「シャトー・オー・ブリオン」。シャトー・オー・ブリオンは、地区違いというのに、メドック1級の栄光を獲得した。

オー・ブリオンの歴史は500年にも及び、あらゆるブドウ畑の中で最も古く、輝かしいもののひとつである。
日記作家サミュエル・ピープスが、1663年4月10日にロンドンのロイヤル・オーク・タヴァーンでオー・ブリオンを飲み、後にこう指摘したことはとても有名な話である。
「私はそこで、”ホー・ブライアン”という名のフランスワインのようなものを飲んだ。それは私が今までお目にかかったことのない、素晴らしく、特別な味がした。」

1787年5月25日、当時パリ在住の米国特命全権公使であったトーマス・ジェファーソンがオー・ブリオンを訪れ、翌日ヴァージニアの友人フランシス・エップに宛ててこう書いてる。
「このワインを味わってみて欲しいという気持ちを打ち消すことができない。”オブリオン”という名前のブドウ畑で、最上といわれている4つの内の一つだ。ヴィンテージは1784年。6ダースの瓶を箱詰めにして、分けて君の送る。」
ジェファーソンは、ボルドーの名誉米国領事に宛ててもこう書いてもいる。
「シャトー・オー・ブリオンは1級クラスのワインで、私がフランスで味わったどのワインよりも米国人好みのようだ。」

1950年代から1960年代初めにかけては素晴らしくリッチで、土っぽく、殆ど甘口ですらあったワインは、1966年から1974年の間にはより軽く、やせた、おおらかな、いくぶん単純なスタイルの赤ワインに変わり、1級シャトーに期待されるような豊かさや深みに欠けていた。これが意図的なものなのか、あるいは単に低迷していただけなのかはわからない。

1975年のヴィンテージからは再び、1966~1974年の時期以前に備わっていた、本来の土っぽい豊かさと凝縮感を取り戻した。現在のシャトー・オー・ブリオンは、紛れもなく1級シャトーの地位に相応しいワインを造っており、事実、1979年以降のオー・ブリオンは一貫して、ボルドーで生産される最高のワインの一つとして認められている。
  -ロバート・M・パーカーjr著「ロバート・パーカーが選ぶ 最新版 世界の極上ワイン」126P、127Pより抜粋